南から来た汽車が、セントラルのホームに滑り込む。


下車する人々の中に、赤いコートの少年と鎧姿の少年の弟。
エドワードとアルフォンスは久しぶりに、セントラル駅の固いコンクリートを踏んだ。

二ヶ月前、南部に近い村で、“赤い石”を造っている、という情報を二人は耳にした。
二人は胸を躍らせながらそこへ向かったのだけれど…

…また、空振り。

“赤い石”と呼ばれるものは確かにあったが
それは二人が探している石にはほど遠い、掠りもしない代物だった。
毎度のことだけれど幾分肩を落としながら、二人は定期報告のためにセントラルに来たのである。




メリーゴーラウンド






セントラルではその時丁度、大規模な祭りが開催されていた。
大きな、街の中心にある広場は、露天や遊園地さながらの遊具たちが立ち並び
たくさんの人、
たくさんの色、
たくさんの音、
で溢れ返っていた。
そんな場所で待ち合わせをしよう、と
先程司令部に行った際に、現在エドワードの上司であり恋人でもあるロイ・マスタングは言ったのだった。
エドワードは、こんな人混みのど真ん中で待ち合わせをするなんて、正直バカだと思う。
もっと人が少ない方が、絶対に判りやすいのに、と。




『今日は会議があるんだが、夕方には終わるんだ。一緒に食事でもどうだ?鋼の』
報告書に目を通しながら、ロイはエドワードを食事に誘った。
『えー…大佐のおごりならね』
執務室の上等なソファに、深くかけながらエドワードは答える。
『…仕方ないな…君たちの近況報告をしてもらいたいしね』
軽いため息をついて、ロイは苦笑いを浮かべた。




待ち合わせ場所の噴水の前に佇みながら
ふと、昼間の司令部でのやりとりをエドワードは反芻する。
ポケットの中にある銀時計を見ると、もうすぐ待ち合わせていた時間になろうとしていた。



日は傾きかけ、朱色の光が街を照らす。



建物も、人混みも、全て



(…でも、どんなに人がいても、どんなにたくさんの色が溢れていても)


(俺はあんたを、)


(あんたの青を見つけられるよ。)



決してそれを本人に伝えたりはしないだろうけど、
エドワードはそう思う。



ロイの存在は自分が思うよりも大きい。
禁忌を犯した時、自分を叱責したのは彼だけだったし、
自分に国家錬金術師という光を与えてくれたのもまた彼だった。
それにオーラがでている、というのは些か大袈裟な表現かもしれないけれど
ロイには普通の人にはない、魅力みたいなものがあるとエドワードは感じる。




人混みの中に、黒い髪と黒い瞳を持つ、青を纏った人物を見つけた。
目を凝らさなくても、それが誰かエドワードにはわかる。



(ほら、ちゃんと見つけられる)



視線が合って片手をあげると
『やあ、待たせたね』
と、その人物━エドワードが見間違うわけのない人物━はやんわりと笑んだ。
『いーや、俺も今来たとこ』
笑いかけられたことが不服で、エドワードは下を向いて答える。
『なんだ…見て回ってなかったのか』
てっきり見て回って、露店で菓子の一つでも買っているかと思ったのに
と意外そうな顔でロイは呟いた。
『当たり前だろ、アルは宿だし一人で祭りを見て回ったってつまんないし
……それに、俺ももうすぐ16だし、祭ではしゃぐような年でもない。』



彼は…同じ年の頃の少年と比べてもどこか大人びていて、どこか冷めている。


それは、彼の背負っているもの、の所為なのだろうか


随分低い位置にあるエドワードの前髪の撥ねを見つめながら、ロイは考える。


『そうかね?私が君の年の頃は……』


言いかけて、昔のことを何か思い出したのか
ロイは顔をしかめた。



背負っているものこそなかったけれど、自分も目の前にいるこの少年とそう変わりはなかったかもしれない



『…まあいい、行こうか』
そう言って二人は並んで歩き出す。




でも彼だってまだ、虚勢を張っても子供は子供だ。




■■

『…ていうかさ、なんでこんな処で待ち合わせしようなんて言ったの?歩きにくいったらねーっ』
何度もすれ違う人に体をぶつけられながらエドワードは眉間に皺をよせる。
『たまにはいいじゃないか。
この祭は三年に一度だけだそうだ。私も初めて来たよ。
三年前はまだ、東にいたからね』
上機嫌にロイは答えた。今にも鼻歌でも歌い出しそうな感じだ。
『へえ…あんた祭とか嫌いそうなのにね』
ポケットに手を突っ込みながら、ロイとは打って変わって仏頂面のエドワード。
『特に好きというわけでもないさ。ただこうして鋼のと祭に来ている事が不思議でね、嬉しいんだ』


どうしてこの男の口は、恥ずかしい言葉を恥ずかし気もなく紡ぐのだろうか。


仏頂面に照れが混ざって、よくわからない、怒っているような泣きそうな顔をしてしまう。
『鋼の』
『……』
『鋼の』
『………なんだよっ』
『変な顔』
変な顔になっているだろうと自分でもわかっていたが、
この男に言われると百倍くらい腹が立つ。
『だーッ!!!もう本当にムカツク!!!』
顔を見せたくなくて、エドワードは人混みの中を走り出そうとする。
咄嗟に赤いコートのフードを、ロイは引いた。
『こんなところで走ったら迷惑だろう……それに』
いきなり後ろに引っ張られて、勢いを削がれたエドワードは振り返って怒鳴る。
『あんたが悪いんだろ!』
ロイは聞いているのかいないのか、エドワードを無視して話を続けた。


『迷子になるぞ?迷子防止に手でも繋いでみるか?』
なんとはなしに軽く、ロイは言った。


『ふざけんな!』
更にエドワードの神経を逆撫でしたのは言うまでもない。

『冗談だよ』

笑いながらロイは
立ち止まっているエドワードを追い越して、人混みをいとも簡単にすいすいと抜けて歩いていってしまう。



からかわれた。



いつものことだけれど腹がたつ。でも腹が立ちつつも、実はそんなに嫌いではないのだ。
本当は自分だって15だ、子供扱いをされたいときだってある。


でもそれも決して、本人に伝えたりはしないだろうけど




やっぱり彼だってまだ、虚勢を張っても子供は子供だ。




■■■

しばらく歩いて行くと開けた、遊具が立ち並ぶ場所に出る。
子供達が多いので先ほどよりも視界がいい。
ずっと彼の青を目で追っていた。
見失わないように後ろ姿を目で追っていた。
その時、視界の端に入ってきたもの―



それは小さい子供達が乗る、回転木馬だった



花でたてがみを飾り

金や銀の絵の具と

ガラスでできた宝石で飾った鞍を背中に乗せて



走る



走る



走る



くるくる回る、木馬たち
非生産的な永久運動を繰り返す、木馬たち



何処にも行けない
何処にも辿り着けない




何処にも行けない?


何処にも辿り着けない?




…それは俺たちも……?




旅を続けてもう三年だ。三年経って周りは変わっていくのに

(例えば自分の目の前にいる奴、三年前は東方司令部の司令官だったのに、今はセントラル勤務。出世街道まっしぐら)

自分達はなにも変わらない。


いつもだって情報を手に入れても


辿り着けない
あの石の処へ




堂々巡り。


あの木馬たちみたいに非生産的な永久運動を繰り返しているのか?



違う



俺たちは違う

俺たちは取り戻す、必ず


でも時々、言いしれぬ虚脱感がエドワードを襲う。


本当に戻れるのか?
本当に賢者の石なんてあるのか?



そんな時はどうしたらいいのかわからなくなって、エドワードは途方にくれてしまう。



歩みを止めてしまう。



歩みを、止めてしまう




■■■■

随分前を歩いていたロイは、いつの間にか後ろにいたはずのエドワードがいない事に気が付いた。
まさか本当に迷子になるとは。
さっき『冗談だ』だなんて言わず無理矢理にでも手を繋いでいれば良かったと、ロイは思った。
来た道を戻って、開けた、遊園地のようなそこに来ると
回転する木馬達の前で、所在なく立ち竦んでいるエドワードを見つけた。



『乗りたいのか?』
傍らに近寄って、ロイはからかいを含んだ口調で尋ねる。
いつもならここで
『こんなガキが乗るもんになんか乗れるか!!!それともなんだ?俺がチビってことか?!』
と鉄拳が飛んでくるところだけれど、
エドワードは黙って首を横にふった。そんなエドワードにロイは拍子抜けをした。



『………そういうんじゃない』



随分長い間、そうしていたように思う。


端から見ればおかしな二人だっただろう。

青い服の軍人と、赤いコートの少年が並んで回転木馬の前に立っている。
何をするわけでもない、ただ少年は回転する木馬を見つめ続け
軍人はその少年を高い位置から見つめている

日はすっかり落ちてしまい、濃紺のカーテンが街を包む。
しかし電灯が灯り、昼間とはまた違った人工的な光で街は明るい。



ふいにエドワードはロイの服の裾を掴んだ。

そして小さな、ごく小さな声で何かを囁く。

『……?なんだい?』

それを聞き取れずに、ロイは少し身を屈める。



『時々迷子になりそうだから、さ』



裾を掴んだまま、エドワードはまた囁いた。



この裾を掴んでいれば、自分は大丈夫かもしれない



迷子にならないかもしれない



歩みを止める事なんてできない



この男は真っすぐに進んでいく、崇高な、途方もなく大きな夢の為に



裾を掴んだ自分はつられて歩くしかないのだ



『そうか』
ロイは薄く笑んで踵を返す。

どうして回転木馬を見つめていたのか、エドワードの行動はロイには全く判らなかったけれど
それでもいいと、ロイは思った。
ただ、今自分の服を掴んでいる手が離れなければいいと、そう思う。




■■■■■

『鋼のは何が食べたいんだ?』
夜になり、更に人気が増した通りを歩きながらロイはエドワードに話しかける。
『うーん…肉かな。最近野宿続きだったからロクなもん食ってなくてさ』
もうすっかりいつもの調子で、ちょっとぶっきらぼうにエドワードは答える。

『じゃあ、前に行ったあの店にしようか』
『ああ、あそこを右に曲がるんだよな』

一つ先の通りを指をさす。もう片方の手は、かたく、青い服を掴んだままだ。



二人の遥か後方では未だ、木馬たちが子供たちと子供たちの笑い声を乗せながら
くるくる回っていた



でもエドワードは決して振りかえらなかった。



fin
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お祭りデートのような。
200508


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