雑踏のど真ん中。
立ち止まり、振り返る。
迷惑甚だしいことだけれど、
たった今すれ違った人物が
自分のよく知っている人物だったとしたらどうだろうか?




追いかけっこ






西部の国境にほど近い、アメストリスの中でも有数の商業都市。
セントラルシティには到底及ばないけれど、市街は人で溢れ賑わっている。
エドワードとアルフォンスは
賢者の石の作り方が載っているという発禁本が、この街の古本屋で売られていた。
という、一本の情報を頼りにこの二週間調査を続けていた。



『はあ〜…無駄骨折ったな…』


二人は街の中心街をとぼとぼと歩いていた。
通りの左右には様々な店が軒を連ねている。人通りは多い。

エドワードは大仰なため息をついた。

二人は午前中にその古本屋で昔働いていたという女性を訪ねたが、生憎の不在で
思うような結果を得ていなかった。

『まあまあ、もしかしたら午後になったら戻ってるかもしれないじゃない』
『まあまあ…つってもな…。そろそろどうにかしないと………』

二日前の出来事を思い出して、エドワードは再び大仰なため息をついた。




■■

一昨日、久しぶりにロイに電話をした。滞在しているホテルからだ。
『久しぶり』と言う間もなく

『今、どこにいるんだ、君たちは!』

と、ロイは語気を荒げた。
視察に行ってくる。と、意気揚々旅立ったのが二ヶ月前。
その間連絡すら入れていなかった。
電話をするいとまもない程に、色々な場所を飛び回っていたのも事実。
途中、電話さえも引かれていない村を訪れた時もあった。
しかし、そんなの言い訳に過ぎず
彼が怒るのも無理はない。


心配、していたのだ彼は。


司令官という立場が邪魔をして、
自分も自由に動いていつもエドワードたちをサポートをすること等できる筈がないし、
何処を飛び回っているのかよく知れない二人に、自分から連絡することもできない。


無事を祈りながら、待つということしかできない。


『ごめん…』
そう素直に謝まると
『……心配していたんだよ』

小さなため息の後、少し苦しそうな少し安心したような彼の声が戻ってきた。

『…私こそすまなかった。声を荒げたりして。…それで、どこにいるんだい?』

『今、西部にいるよ』
『そうか、西部に。いい情報は得られそうかい?』
『いや、まだ……』
と、エドワードは今までの経緯を手短に話した。
話している途中相槌をうつ彼の声が、非道く疲弊しているように感じた。


また彼の執務室には、上層部からの有り難くないプレゼントがたくさん届けられているのだろうか?
二ヶ月前、旅立つ時に見た執務室の情景が目に浮かぶ。

高く、高く積み上げられた書類の山。


本当はロイに調べてほしいことがあって電話をしたのだけれど、
言い出せるような雰囲気は到底なかった。

世間話もそこそこに、電話を切った。

『そうか…もう二ヶ月も逢ってないのか…』
受話器を元に戻しながら、エドワードは一人呟いた。

(逢いたい…な)

(こんなこと、本人には絶対言ってやんないけど)


受話器越しの彼ではなく、
ちゃんと実体のある彼に。


『…逢いたい』


誰にも聞こえないくらいの小さな声
誰にも届かない、宙ぶらりの言葉




■■■

『ほら!兄さんボーッとしてないで!お昼ご飯でも食べて、それからまた仕切り直しだね』
暫しの間、意識が遠くの方に行っていた兄を
連れ戻すよう弟はやさしく肩を叩いた。
『あ?…ああ。そうだな、そういえば腹へったなあ』
兄が恋人との電話を思い出していたのだろうと
聡明でやさしい弟は気付いていたけれど、気付かない振りをした。
きっと素直じゃない兄は、指摘をしたら赤い顔で暴れるだろうから。



手近なカフェテリアを探して、二人は通りを闊歩していた。
この通りを歩いていれば、日常に必要なものは全て揃ってしまうのだろう。
ウインドウにディスプレイされた品々を、何とはなしに目で追い乍らエドワードは歩く。

花屋、雑貨屋、用品店、銀行…

名も知らぬたくさんの人たちとすれ違う。

たくさんの、人たちと

…と、その時。 エドワードは突然、雑踏のど真ん中で
立ち止まり、振り返る。


今、すれ違った人物が
ここにいる筈がないけれど、いたら嬉しい。
今、自分が一番逢いたい人物だったように思えたのだ。


左側の脳が『そんなことがある筈がない。ありえない』と告げていたけれど、
エドワードの足は無意識に歩みを止めていた。

『アル、わりいけど先行ってて!』

数歩先を歩いている弟にそう告げると、エドワードは踵を返して元来た道を駆け出した。

『え?なに?どうしたの兄さん!何処行くの!!』

弟が振り向いた時には、兄はもうかなり遠くにいた。




■■■■

気がついた時には足は勝手に地面を蹴っていた
理性の制止を気にも止めず、駆けた
10メートル先を歩いている後ろ姿に向かって


あの背格好
黒い髪

そしてあの、香り。

よく彼の服や、彼の部屋から香る匂い。
香水は匂いがきついイメージがあってあまり好きではないけれど、彼のつけているものは別だった。
全然嫌味ではなく、ほのかに香る。青い瓶に入っている、それ。

その香りがエドワードは好きだった。

自慢の三つ編みがほどけそうになるのも構わずに、走るエドワードを
通行人は滑稽なものを見るように通り過ぎていく。

しかし、走れど走れど、一向に距離は縮まらない。

と、彼は右側の細い路地に曲がっていった。
数秒遅れてエドワードも右折する。



路地に入ると、彼の姿はなかった。
きっと、もうこの路地を抜けて向こうの通りに出てしまったのだろう。



嗚呼でも、この路地を抜けたら、きっと追いつける!



薄暗い、ゴミや落ち葉などが散乱し、野良猫の住処になっている汚い路地をエドワードは走った。



路地を抜けたら…


息があがっている。
苦しい。
鋼の足がいつもの倍位の重さに感じる。


路地を抜けたら…


路地を抜けたら……



目の前には一軒の香水店があった。

ショーウインドウに几帳面に置かれている小瓶の中に、よく見慣れた、青い____




■■■■■

『やあ、久しぶりだね。鋼の』
『ああ、久しぶり』


一週間後。

調査を終え、エドワードたちは東方司令部に戻った。
満面の笑みで迎え入れてくれた彼。
部屋に書類の山は見当たらなかった。
きっと、自分が帰るまでに大急ぎで処理したのだろう
彼の指には少し万年筆のインクがついていた。


エドワードはトランクを床に置いた。
その底に、目の前の彼と同じ香りの香水の小瓶が入っていることを
エドワードは誰にも教えない。


fin
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紳士の嗜みとして、香水くらいつけているよね。マスタング大佐は…!
という希望で書いたはなし。
200512


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