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そして、今に至る。
中に入ってみると、そこは喫茶店と言うよりも隠れ家のような不思議な空間だった。
店内は薄暗い。
よくデッサンで使うような、頭部だけの石膏像が無造作にディスプレイされていたり
何気ない街の風景をそのまま切り取ったような、油絵が飾ってあったり
背の高い本棚には図書館には置いていないようなサブカルチャー的な書物が、たくさん入っていた。
雑然としている印象はあるが、先程までいたきらびやかな広間より断然良いとエドワードは思う。

ロイとエドワードは階段を上って二階の、窓際の席に座っている。
意外な事に、他にも何組か客はいた。
店内に音楽はかかっていないが、その話し声が一種のBGMのように感じる。

『…なんでこんな処知ってたの?』
『たまたま、今日みたいな帰り道に見つけたんだよ。時々来るんだ』
雰囲気が好きなのだとロイは言う。

見渡すと、近くの壁に写真が飾ってある。
前脚を上げて立ち上がっている白い馬の写真が、質素な焦げ茶の額縁の中に入れられていた。

(こういうのは好きなのかな…?)

(一人で、来るのかな?でも、誰かと来んのかな……?)


本日二度目の、この胸を燻るものは、一体なんなのだろうか?
その正体を、その感情の名を、エドワードはまだ知らない


先程の、親しげに女性達と話していたロイの横顔をエドワードは思い出す。



知らない事だらけだ。
この男の事を、思考も、嗜好も
矢張り、自分は何一つ、知らない。



『………女の人と?…来たりすんの?』

訊くまいと思っていたのに、気付くと勝手に口が動いていた。
まるで、頭と口が別々の生き物になったようだった。
咄嗟にエドワードは口を押さえる。

エドワードがまだ知らない感情の名を、ロイは知っている。
照明が暗いのを良い事に、ほくそ笑んだ。
エドワードの言動に、少しの“嫉妬”が頭を擡げている。


そこで、タイミングが良いのか悪いのか、ウェイトレスが注文していた飲み物を運んできた。


話の腰を折られてしまい、なんとなく気まずくなってエドワードは俯く。
運ばれてきたカップの縁を見つめた。



『……いや、一人でだよ』



随分と長い沈黙の後、ロイは口を開いた。
『へえ…』
平静を装って、あんまり興味がない顔でエドワードは返事をする。
でも内心、良かった、だなんて思っている。
そんな平静な表情の中に、安堵の笑みが混ざった処を、ロイは見逃さない。

『そうだ。今回の旅の話、聞かせて欲しいな』
話題を変えるようにロイはエドワードに話をふった。

『そういえば、さっきすごい中途半端なところで話が終わっちゃったんだけど良かったのかな?』
ふと、先程の不自然なタイミングで帰ってきた事をエドワードは思い出した。
『良いんだよ』
『でも、すごい尻切れトンボだった。失礼じゃなかった?』
『……良いんだ』
少し苛々したように足を動かして、ロイは頑なに言った。

『……私が、一番乗りで聞きたかったんだよ』

『は?』


『だから…私がまだ聞いてない、知らない話を、将軍に聞かせたくないじゃないか』


ロイは少し、ばつの悪い顔をして、フイと窓の方を向いてしまう。
その横顔は、心なしか赤いような気がする。
この横顔も、エドワードは知らなかった。
しかし、今、知った。


『はあ?』
エドワードは酸欠の魚のように、口をパクパクさせる。


つまり、エドワードが注意深くロイと女性達の会話に意識を傾けていた時、
ロイもまた、エドワードと将軍の会話に意識を傾けていたのだ。
そして今回の旅の話を始めようとした時に、急いで割り込んできたというわけだ。


(だから、あの不自然さ…)
エドワードは思わず笑ってしまった。

全く、自分が晩餐会に出ろと言った癖に…自分は女性達と世間話をしていた癖に…なんて勝手な男なのだろう。


『……もっと君の事が知りたいんだ』
と、コーヒーの湯気越しに目の前の男も笑い、頬杖ついた。


(何だ、思っている事は同じだったんだ)

(ああ…もう!すごく勝手な奴……でも)


でも、そんな、すごく勝手な奴の事が、


『俺も…知りたい……』




エドワードはロイのことをよく知らなくて、
本当はロイもエドワードのことをよく知らなくて、

未だお互いの事をよく知らなくて、……よく知りたくて。


(さっきの女の人達の事も、根掘り葉掘り聞いてやるんだ…)




二階の窓から覗く夕闇は、エドワードの目の前にいる男のまなこと同じ色をしている。




さあ、今宵は涅色の夕闇に溶けて
互いの想ひを語らおう
互いを思ひを判り合おう
二人だけの、 ソ ワ レ 




fin
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ソワレ=夜会

京都にある喫茶店からインスピレーションをうけて。
付き合い始めな感じのロイエドで。恥ずかしいっての!
2までと思っていたのに、結局3までと相成りました…
20060302


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