褐色の渦と、木蘭色の渦が混ざり合う。
白色の立方体を、その渦の中に落とすと
細かい気泡がプツプツと上がる。

渦まく、茶色。
渦まく、思考。


くるくる、くるくる、









踊るような文字が並んでいる。

どうやら東部行きの列車の中で
ガタガタ揺られ乍ら、トランクを下敷きにし乍ら、
書いたのだろう、報告書。

文字の汚さはご愛嬌
問題はその内容

成る程、なかなか丁寧に書かれている。

でも、私が本当に知りたいのは……

……知りたいのは……?





■■

『これ、』

報告書に目を落としていると、目の前にいきなり円柱のような物体を差し出された。

『なんだい不躾に…』

報告書を机に置いて、その渡されたものを見る。
飾り気のない包装紙にくるまれた、手の平に収まるサイズのそれは、意外と軽い。

『これは?』
『…土産だよ。』

『土産?』

鋼のの口から、少々意外な言葉が発せられる。

彼ら、エルリック兄弟の旅の目的は、『失った体を元に戻す方法を探す。』という

何処に、終焉があるのか?
何時、終わりが来るのか?

全く判らない。あてもない旅だ。
ただの物見遊山とはわけが違うのだから、わざわざ土産を買ってくる必要はない。
大体、それを選ぶの時間すら勿体ないではないか…と思うのだ。

それに、今までそんなものを買ってきた事は一度もなかったから
突然の鋼のの行動に、私は少々驚いた。

『…開けても?』
『どーぞ』

女性達がくれるプレゼントの
無駄に綺麗な包装紙よりも、何十倍も丁寧にテープを剥がす。
だが、気持ちが先走って、焦れて、うまく剥がせない。
誰かに何かを貰って、こんなに胸が高揚した事は今までになかった。
なんて情けない。

やっとの事で中から出てきたのは、小さな缶だった。
外側には小さな桃色の花々や、チュールの様な薄い布を身にまとった女神等が描かれていて、とても華やかだ。
よく見ると流れる様な書体で“keemun tea”と書かれている。

『これは…茶葉?』

『そう。こないだ行った街ってさ、茶葉の輸入で有名な処だったんだ』
と、鋼のは体裁が悪そうに笑った。

アメストリス国内でも茶葉の生産は行われている。
しかし、年間の消費量が多い為、国内生産だけでは間に合わず他国からの輸入も行っていた。
軍事国家で他国との戦いが絶えないアメストリスでも、それ以外の国との貿易は、それなりに行っている。

鋼の達が視察で訪れた場所は、南の外れにある
比較的、隣国との交流が緩やかな街だった。
私は訪れた事はないが、運河を利用しての貨物の運搬が盛んだと聞いている。

『…いつもご馳走になってるからさ。』
『ありがとう。』
そう微笑むと、鋼のは罰が悪そうに眉を顰める。

『……まあ、思い付いたのはアルなんだけど…』
少しの沈黙の後、鋼のはそう種明かしをした。

よく気の回る弟が、そう言う事に関しては愚鈍な兄を説諭をしている処が目に浮かぶ。

『…そうなのか。アルフォンス君にもありがとう。と伝えておいてくれ』
『うん』

『早速、中尉に淹れて貰おう』
そう言うと私は、内線用の電話の受話器を取った。

『それ、ミルクティーにするとうまいんだって。店の人が言ってた』
鋼のはそう付け足した。




□□□

国境が近いという事もあって、色々な人種の人々が行き交うマーケット。
そこによく目立つ、赤いコート姿の少年と、背の高い鎧姿の少年。
道端で赤いコート姿の少年が、鎧姿の少年に何か諭されている。


暫くすると、赤いコート姿の少年は目の前にあった、
なかなか繁盛している店に足を踏み入れた。
鎧姿の少年が視線をあげると、大きな看板が目に入った。
洒落た作りのそれには“茶葉専門店”と書かれている。


(なあ。鋼のは、どんな顔をして、これを選んだ?)

(なあ。鋼のは、どういう気持ちで、これを買ってきた?)


私が本当に知りたいのは……

……知りたいのは……


呼び出し音に耳を傾け、私は行った事のない
想像の南の街に、思いを馳せた。




■■■■

午後からは会議も、急ぎで処理する書類もなかったので
執務室の大きな窓から差し込んでくる、柔らかい日差しを浴び乍ら
私は鋼のと、優雅なティータイムを愉しんでいた。
隣の部屋では、中尉達もお茶を飲んでいる筈だ。
こんなに平穏な日は珍しい。

テーブルの上には、カフェで頼むクリームティと同じく
紅茶とスコーンが置かれている。
薄い橙色をしたスコーンには、人参か何かが練り込まれているのだろう。

鋼のが買ってきた茶葉は、煎れると甘い、蘭の花のような香りがした。
私は紅茶には余り明るくないが、余程良い茶葉なのだろう。

カップをテーブルに置く。
後口も爽やかで、心地良い。

鋼のは、クローデットクリームを塗ったスコーンを頬張っている。
いつも背伸びをしている彼が、年相応の少年に見えるのは何かを食べている時だ。

もぐもぐと咀嚼をしている姿は、宛ら小さな動物のように見える。

そんな姿を眺めていたら、ふいに
前髪で隠れていた右側の顳かみに、擦りむいたような傷を見つけた。

『……?』

もう治りかけているが、普通の生活をしていて顳かみを擦りむく事なんて然う然うない。

よく見ると、袖から覗く左腕には白い絆創膏が貼ってある。

自然と、眉間に皺が寄ってしまう。
報告書には書いてなかったが、今回も少々手荒な、無茶な真似をしたに違いない。

私は内心溜め息をつく。
全く、いつもあれだけ『無茶はするな』と言っているのに……
怪我をしていないか?病気をしていないか?
それこそ、親のように
鋼のが旅に出ている間中、私は冷や冷やしているのだ。

『…大佐?』
視線を感じたのか、訝し気な顔をして、鋼のが顔をあげる。
口の端にはスコーンの粉が付いていた。
その、緊張感のない顔を見て、眉間に入れていた力が少し緩んだ。

『鋼の…この傷は?』
ソファから身を乗り出して、口許のスコーンの粉を払ってやる。
そしてそのまま、治りかけの顳かみの傷に触れた。

『ああ、ちょっと。ドジしただけ』
ケロっとした顔をして、鋼のは答える。

『詳しく聞いても?』
『別に大した事じゃない』

詳しく話すつもりはないのか、鋼のは言い乍ら私の手を剥がすようにした。
代わりに、テーブルの中央にあったミルクピッチャーを手前に引き寄せる。
牛乳が嫌いな彼だけれど、『ミルクティーにすると美味しい』と言われた手前、
どうやら試してみるつもりらしかった。


褐色の紅茶の中に、白色のミルクが入る。
それをスプーンで掻き混ぜる。


褐色の渦と、木蘭色の渦が混ざり合う。


そこへ、シュガーポットの中から角砂糖を一つ取り出して入れる。


白色の立方体を、その渦の中に落とすと
細かい気泡がプツプツと上がる。


また、スプーンで掻き混ぜる。


渦まく、茶色。



私の頭の中では、様々な想像、考えが浮かんでくる。

南の街。
往き交う人々。
無茶をしている鋼のの姿。



そう、私が本当に知りたいのは……

知りたいのは………

逢えない間、

君がどんな景色を見たのか
君がどんな風の匂いを感じたのか

どんな体験をしたのか…………

報告書には書かれていない、君の事。



渦まく、思考。


くるくる、くるくる、



『……』


私はストレートで飲んでいた紅茶に
鋼のと同じようにミルクと砂糖を一粒加えた。

『あれ、大佐って砂糖入れたっけ?』

いつも入れてないじゃん。と、カップに口を付けていた鋼のが驚いた顔をしている。

『鋼のの真似だよ』

『うわっキモい』



取り敢えず、この欲求も、何もかも全て
この渦の中に入れて 飲み込んでしまえ。

なんだかとても短絡的で笑ってしまうが

頭の中をくるくる回る思考を断ち切るように
私は、少し甘めのミルクティーを飲み干した。

fin


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紅茶の話を書いてみたくて

“知りたい”という欲求の点で
ちょっと『ソ ワ レ』と被ってしまったかもしれない…
でも、ロイエドは14も年が離れているし
数カ月に一度しか逢えないという、遠距離恋愛なので
“相手の事を知りたい”という欲求は、お互い強いのではないかと思うのです。

アメストリスは産業革命の頃のイギリスがモデルということなので
コーヒーより紅茶なんだろうなあ…という希望。
後、運河も捏造です。海がないから運河を作って他国と貿易をしたのではないかと思って…。

まだまだ色々と勉強不足……。



20060409

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