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『やあ!君が鋼の錬金術師。エドワード・エルリックくんだね』
恰幅の良い、顎に髭を蓄えた本日の主賓が、エドワードに右手を差し出す。
『あ…あ、どうも』
いつも物怖じしないエドワードだったが、流石に自分の目の前にいるのが、元将軍という人物とあって緊張した。
『いやあ、一度会ってみたかったんだ』
握手をし乍ら、空いている左手でエドワードの肩をポンポンと叩く。
見た目は柔和な感じのする老人だが、そこは矢張り軍人だっただけはある。とてもしっかりとした握力だ。
『二日前にマスタングくん会ってね、そうしたら君が帰ってくると聞いたから無理を言ったんだ』
『いや…こちらこそ、お会いしたかった…です』
二日前と言ったら、自分がロイに電話をした次の日だ。
その時にはもう、いつ帰って来るのか知っていたのだろう。
キッと睨みつけるように隣にいるロイ見上げれば、元将軍の方を見てにこにこと笑っている。
仮面の営業スマイル。
『ははは、まあゆっくり楽しんでくれたまえ。後で、旅の話の方も宜しく頼むよ』
『はあ…』
『では、また後で』
非道く姿勢の良い老人は、そう言うと他の出席者への挨拶回りをしに行ってしまった。



贅を尽くした、豪奢な広間。
晩餐会というよりは立食パーティーのような形式になっていて、広間には品の良さそうな老若男女がたくさんいる。
色々な業界に顔が広い。というだけはあって、来賓者の中にエドワードが知っている人物も何人か見受けられた。
しかし、直接会った事があるというわけではない。
新聞等に写真が載っていたから知っている。というような認識。所謂、著名人という事だ。



至る所にいかにも価値のありそうな絵画や、彫刻が飾られ
立派な花瓶には白い百合がたくさん生けられている。

しかし、エドワードにはデコラティブで諄いという印象しかない持てない。
富を以て権力を誇示している。虚栄だとしか、感じられない。

地位が上がると、人は皆こうなるものなのだろうか?

自分の横でシャンパンを飲んでいる男は“国のトップ”つまり、この屋敷の主よりも上の地位に就くというのが夢だ。
矢張り、いつかはこういう屋敷を持ちたいと考えているのだろうか?
憧れたりするのだろうか?
取り分けて貰った料理を、フォークで口に運ぶ。
横目でチラと斜め上を見上げると、視線がかち合ってしまう。
『どうしたんだい?』
『いや、なんでもない…けど、なんかすげーな…』
辺りを見回し乍ら、エドワードは言う。

『ああ…悪趣味だな』

『え?』

『私は、余り好きではないな』

『こういう絵も、こういう雰囲気も』
ロイが指を指した先には、これもまたデコラティブな金の額縁に飾られた油絵があった。
豊かな体つきをした女性が、裸で横たわっている絵だった。


(ふうん…こういうのは好きじゃないんだ)


どういうところが?色合いが?筆遣いが?それとも、この女の人の体つきが?


(じゃあ……どういうのが好きなの?)






■■■■

ふと、目を離した間だった。
ロイが好きではないと言った油絵を見上げていた間だった。

振り向くと、そこにロイの姿はなかった。
きょろきょろと広間を見渡すと、そんなに離れていない位置でロイを見つけた。

しかも、しかもだ。
お約束な事に数名の女性に話しかけられている。

背中が大きく開いた、カメリア色のドレスと、手入れの行き届いたアプリコットブラウンの巻き髪。
体のラインを強調するようなシンプルな黒い色のドレスと、プラチナブロンドのアップスタイル。
エキゾチックで派手なスカーレット色のドレスと、緑の黒髪。

三人共、この広間の装飾に、少しも引けを取らない華やかさをしている。
見た目から察するに何処ぞの金持ちの娘達。といったところだろう。
育ちが良く、教養もありそうな感じがする。


(なんだ…なんか…変な気分)


(知り合い…?)


『マスタングさん、お久しぶりですね』
『ええ、御無沙汰しておりました。御元気そうで何よりです』
『…!……』
『………!』
『………!!』

耳を澄ませば、会話の内容は大体聞く事ができた。
他愛もない、世間話だ。
『ロイ・マスタング大佐はもてる。』という噂が本当だと、エドワードもよく知っている。
軍内で告白されている所に遭遇した事もあるし、女性達が噂話をしているのを聞いてしまった事もある。
だから、ロイにとってあんな事は日常茶飯事で、別にどうというわけではない。
愛想良く世間話をする位、造作のない事だ。


ロイに他意があるわけではないと、判っている。


判ってはいるのだ。けれど……


エドワードは傍にあった、薔薇の花が刺繍されている悪趣味な一人掛けのソファに座った。
向かいにももう一脚同じものが置いてあり、その間には猫足のテーブルがある。
空になった皿を置く。

視線は自然と、ロイと女性達を追ってしまう。

『…あんな風に笑うんだ』

談笑をしているロイの横顔が見えた。
柔らかい笑顔。


エドワードとロイは、つい半年くらい前に恋人と相成った。
しかし、付き合うという事にはなったものの、エドワードは旅をしている身である。
半年の間に一緒に居たのは、両手で数えられるくらいの日数しかない。

思えば自分は彼のことを何一つ知らない。ということに今更ながらエドワードは気がついた。
そして同時に、それはもしかして一大事なのではないか?と思えてきた。
相手の事をよく知らないのに、果たして付き合っていると言えるのか?


焦った。何が何だかよく判らなかったが焦った。
頭がパニックになって、無意識にソファから立ち上がろうとする。




そこへ、自分を呼ぶ声がした。
人混みの中から現れたのは、先程中座をした、この屋敷の主だった。
『おお、エドワードくん!』
将軍は皆が振り返る程の大声でエドワードを呼び、こちらに歩いてきて、エドワードの向かいのソファに腰を掛けた。
頑丈な作りのソファが少し、軋む。
『こんな処にいたのか。ちゃんと食べたかい?』
『……え?はい。とても、美味しかったです』
動揺していて答えがしどろもどろになっている。
『それは良かった。呼んどいてなんだが、もう挨拶回りは疲れてしまったよ』
将軍は子供のように舌を出して笑った。エドワードもつられて笑む。口の端が引き攣っていやしないだろうか?
『それじゃあ、聞かせてくれるかい。』
近くにいたウェイターに飲み物を二つ貰い、将軍はテーブルに置いた。
なんてタイミングが悪いのだろう。
『え?え?えーと…じゃあ………』

ここで、恋人(現在、存続の危機だが)の顔に泥を塗るわけにはいかない。とエドワードは深呼吸をした。
動揺している自分を落ち着ける為に。
ゆっくりと、変な事を口走らないように、言葉を新調に選びつつエドワードは今まで訪れた旅先での事を話し始めた。
しかし、心此処に在らずといった状態で、エドワードの意識はロイと女性達に向いていた。




エドワードの話を将軍は、小さな子供が夜、母親に絵本を読んでもらう時のような、嬉々とした表情で訊いていた。
将軍は今のロイのように若い頃から、青年将校として軍に従事していた為、自由気侭な旅には出た事がないのだという。
『君が羨ましい』と将軍は何度も言う。
自分達の旅は将軍が思っているような気侭なものではない。と本当はエドワードは教えたかった。

しかし、禁忌を犯し失った体を、取り戻すため。賢者の石を求める旅。だなんて言える筈もない。




エドワードが今回訪れていた、西部と南部の境にある村での話を始めようとした時だった。
突然、視界が陰った。
空になったグラスをウェイターが下げてくれるのかと思い、視線を上に上げると
そこにはロイが立っていた。一人だ。
あの、華やかな女性達の姿はない。
先程の思考を思い出して、エドワードは胸がドキドキした。

『将軍。お話中のところ真に申し訳ないのですが……』
しかし、ロイの視線は将軍の方を向いていて
『私たちはこの辺でお暇させて戴きたいのですが』
と、言った。
『?』
『…?どうしたんだい?』
『もうこんな時間です。彼はまだ15の未成年ですし。宿で彼の弟が待っているのです。』
エドワードは壁にかけられていた時計に視線を写した。もうすぐ9時になろうとしている。
アルフォンスには今晩は遅くなるから。日付けを跨いでしまうかもしれない。と、エドワードは告げていた。
『ごゆっくり』と弟は笑っていた。
だから、何でまた此処で弟の話を出すのだろう?
『?』
『おお、そうなのだったのか。それは大変だ!もう、エドワードくん。そういう事は先に言いなさい』
人間、二時間弱も話していると、それなりに親しくなるものである。
将軍の物言いは、上官というよりも、近所の気の良いお爺さんのようなそれだった。
『あ…すみません、話に夢中で。すっかり時間の事を忘れていました。』
エドワードは内心変だ。と思いつつも、話を合わせるように笑った。
『エドワードくん。どうもありがとう。とても愉しかったよ。また話を聞かせてくれ。』
そう言うと、将軍はまた右手を差し出した。
『はい』
矢張り、握力は強い。
『私も、まだ元気な内に旅をしたいものだなあ』
そう言うと、将軍は声をたてて笑った。
『是非。旅は良いものですよ』
エドも、隣にいたロイも微笑んだ。

『それでは、失礼します』
『失礼します』
『気をつけて』
エドワードはもう一度振り返ってお辞儀をした。




不自然だった。
半ば強引とも言えるロイの行動は。

広間を突っ切るように歩く。
自分よりも少し前を歩いているロイの後ろ姿を、エドワードは見つめていた。


(アルには遅くなるって、ちゃんと言ったじゃん)


先程の行動は、ロイにしては少し強引だったと思う。落ち着きがなかったように思う。


司令部で何かあったのだろうか?


(あの女の人達とはもういいの?)


ぐるぐると思考が巡る。


(今、何を考えてんの?)


(あんたの事、俺)




(何も知らないって事に気付いたんだけどさ……)

エドワードとロイは入り口で預けていた上着を受け取って、バタバタと屋敷を後にした。




to be continued.....
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もうちょっと
20060302


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